
「メルセデスがBMWからエンジン供給を受ける可能性」は、本当でしょうか?。
本稿では、これまで議論してきた論点──ISG、PHEV、AT構成、BMWとメルセデスの思想差、そして国内メディアの語り方を整理し、このニュースがなぜ信ぴょう性に乏しいのかを、技術とブランドの両面から掘り下げます。
問題となっている「エンジン協力」報道の概要
観測記事は、誤報だった
「メルセデスが将来的にBMW製エンジンを採用する可能性がある」という記事は、メーカーが認めたものでなく、報道後は完全に否定されたものです。
国内メディアの文脈付与
メーカー公式否定済ですが、国内メディアは、今だに引用しているようです。
発端は、欧州メディアの一部が報じた「メルセデスが将来的にBMW製エンジンを採用する可能性がある」という観測記事です。これが日本語圏に入る過程で、次のような文脈が付与されました。
- EVが想定ほど普及していない
- 欧州メーカーも内燃に回帰している
- ついにドイツ勢同士でエンジン融通
ここで重要なのは、「協議している可能性」という仮定が、「EV低迷の証拠」という結論にすり替わっている点です。この飛躍が、以降の誤読を生みます。
ISGとPHEVの観点から見るメルセデスの現実
まず技術的前提を整理します。メルセデスはすでに、1.5Lおよび2.0Lクラスのエンジンで、ISG(統合型スターター・ジェネレーター)を前提とした設計を完成させています。
このISGは48Vマイルドハイブリッドにとどまらず、PHEVへの拡張を想定した構成です。さらに、トランスミッションについても、ZF製ユニットを用いたPHEVモジュールをすでに実用化しています。
つまり、メルセデスは「PHEV化のために他社エンジンを必要とする」段階にはありません。むしろ、AMGを含めた高出力PHEVを量産している時点で、技術的なハードルはすでに越えています。
BMWも同じ地点に立っている──8AT+ISG+PHEV
一方のBMWも、8AT(ZF 8HP系)を軸に、ISGおよびPHEVを成立させています。ここで重要なのは、「BMWの構成が古い」という評価が事実ではないことです。
8ATは、効率・応答性・モジュール性のバランスが取れた完成度の高いユニットであり、電動化との親和性も極めて高い。世代的にも、メルセデスの9G-TRONICと同時代の設計思想に属します。
BMWの8ATとメルセデスの9ATは思想が違うのか?
結論から言えば、現行世代の8ATと9AT(9G-TRONIC)は、思想レベルではほぼ同じです。両者とも以下を前提にしています。
- トルコンATをベースとした高効率化
- ロックアップ領域の拡大
- ワイドレシオ化による低回転巡航
- ISG・PHEVとの統合
違いは「何を最適化するか」です。段数、コスト、パッケージング、そしてブランド演出。この違いを「思想の新旧」と表現するのは正確ではありません。
8ATと9G-TRONICの比較
| 項目 | BMW(8AT) | メルセデス(9G-TRONIC) |
|---|---|---|
| 段数 | 8段 | 9段 |
| 技術世代 | 同世代 | 同世代 |
| 電動化対応 | ISG / PHEV対応 | ISG / PHEV対応 |
| 最適化ポイント | 効率・汎用性・コスト | 静粛性・余裕感・ブランド演出 |
それでも「9→8」が問題になる理由
技術的に見れば、9ATから8ATへの移行は成立します。しかし、プレミアムブランドの文脈では話が変わります。
メルセデスにとって9G-TRONICは、単なる変速機ではなく、「最上級から降ろしてきた象徴的技術」です。これを他社由来の8AT前提構成に置き換えると、合理化ではなく「下げた」という印象を生みます。
プレミアムブランドにおいて、進化は分かりにくくても、退化は一瞬で伝わります。この点で、9ATから8ATへのダウンは、商品戦略として極めて不自然です。
よって、このような選択をメルセデスが実施する可能性は低いというのが結論です。
レクサスはブランドの本質を理解していない
レクサスブランドでは、10ATや8ATもあるのに、「6AT搭載モデルを最上位モデル(RX500h)に設定する」という安易な技術的選択を実施しました。これは、欧州ブランドは絶対に実施しないということです。
EV低迷と結びつける国内報道の構造
このニュースが日本で広がる際、多くの場合「EVが失速している」という結論とセットで語られます。しかし、内燃機関の整理や共同化は、EVの成否とは独立したテーマです。
欧州メーカーは一貫して、内燃を「捨てる」のではなく「縮めて使い切る」戦略を取っています。その過程での協議や観測を、EV否定の材料として使うのは、事実より物語を優先した読み方です。
総合整理:このニュースをどう読むべきか
- BMWもメルセデスも、8AT/9AT+ISG+PHEVを成立させている
- 8ATと9ATは思想の新旧ではなく、最適化の違い
- メルセデスが9ATを捨てる必然性は見当たらない
- EV低迷と結びつけるのは報道側の物語化
この話題は、「欧州メーカーの迷走」を示す証拠ではありません。むしろ、日本の読者が安心できるストーリーを欲する構造と、それに応えるメディアの姿勢を映し出しています。
おわりに
技術は直線的に進歩しませんし、数字が増えたから新しく、減ったから古いわけでもありません。現在のBMWとメルセデスは、同じ地点に立ちながら、異なる商品哲学で解を選んでいます。
その違いを無視し、「EVがだめだからエンジンを融通し合う」という単純な日本メディア物語に回収してしまうと、肝心な構造が見えなくなります。ニュースを読む際には、何が事実で、何が語りやすい物語なのかを切り分ける視点が、これまで以上に求められています。


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